中野 賢太(ナカノケンタ)
大学在学中にル・コルドン・ブルー代官山校・菓子講座を受講し、パリ研修を経験。卒業後に都内洋菓子店に就職するが、4年後に退社し渡仏。南仏にあるオリヴィエ・バジャール国際製菓学校に通う。その後2007年12月〜2011年7月まで、Hotel Plaza Atheneeなど3つの有名店で経験を積み、2011年に帰国。
ル・コルドン・ブルー代官山校のアシスタントを経て、現在はダロワイヨ・ジャポンにてパティスリー・シェフを務めている。
Q. 現在の仕事内容と、仕事のやりがいについて教えて下さい
現在は日本に戻り、ダロワイヨ・ジャポンのパティスリー・シェフを務めています。
僕の仕事は、フランスから届いたレシピを見て、味やコスト面などを日本向けに整える役割。そのお菓子をちゃんと分析し、どこが外せない部分なのか、どこは変えても支障がない部分なのかを見極めながら思考錯誤できるのは面白いですね。また売り上げの情報もすぐ入ってくるので、市場の動きもわかります。
自分の好きなものだけを作っていればいいというわけではないところが、難しいところでもあり、逆に面白いところでもあります。
フランスのレシピを日本文化に合わせて落とし込む作業は、長い間フランスで働いていた経験と、日本人としてのバックグラウンドがあるからこそできるのだと思います 。
Q. 今後の目標は?
まだ遠い将来の目標ですが、日本で自分の店を持ちたいと思っています。
自分の店をやるとなると、菓子を作る技術はもちろんですが、今やっているような原価を計算したり、マネジメントをしたり、市場を読んだりすることが活かせるのではないかと思います。
パティシエというと、菓子を作るいわゆる“職人”としてのみやり続ける方が多いのですが、僕はそういう方から見ると、ちょっと異色な経歴をたどっていると思います。でも人とは違うパティシエ人生を歩んできたからこそ、最終的に自分がやりたいことに活かせる知識が身につけられている気がするので、歩んできた道に後悔はないですね。
Q. 今後パティシエを目指したいと思っている方々へメッセージを!
菓子屋になるのは、資格もいらないので、ある意味簡単です。
でも、料理人もパティシエも、大変なのは“続けること”なのだと思います。
今は学生でも気軽にフランス修行ができる時代。フランスで経験をしたからというだけでは箔は付きません。
そこで何をして、何を学んできたのかが問題なのです。
社会に出れば、正直厳しい労働環境の店も多いし、体力的にも、収入面でも楽ではないと思います。その中で始めた頃の情熱を持ち続けて上を目指していくのは本当に苦しいはず。でも結局職人の真価は、どれだけやり続けたかで決まるのです。
これからパティシエを目指す方には、どこで学ぶにしても、学校の門をたたいた初日の、すごく情熱にあふれた気持ちをなるべく高く保ち続けてほしいと思います。それを卒業までつなげていけたら、そのあと社会に出た後の道のりも、ある程度スムーズにいくのではないでしょうか。
ぜひ熱い気持ちをキープして、頑張って下さい。
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