浮世満理子さん
一般社団法人全国心理業連合会代表理事。30年以上にわたりカウンセラーとして活動し、ケアの実践や心理カウンセラーの育成、アスリートのメンタルトレーナー、災害ボランティアなど幅広い活動を展開している。全国心理業連合会の統一認定資格の運営、啓発活動などに注力。
カウンセラーになるまで
きっかけは自分自身の心身の不調
カウンセリングとの出会いは、会社員時代に経験したメンタル不調でした。30年以上前、心療内科もなかった時代に、朝起きられない・電車に乗ると息が苦しくなる・頭痛がするなどの症状に悩まされました。
当時は何が起きているのか分からず、「胃の不調には内科」といったように、症状ごとに病院を巡りましたが、異常は見つかりません。病院に行き始めて数年が経ち、最終的に精神科を紹介され、ストレスが原因と診断されました。
医師から「仕事がストレスなら、辞めれば治る」と言われたんです。しかし「辞めたいわけではなく、仕事に戻りたい」と伝えると、医師から「よければ、薬を飲む?」と聞かれました。
病院は「医師が原因を突き止め、明確な根拠をもとに治療してくれる場所」と思っていたので、薬を飲むかの判断を委ねられたことで、見捨てられたように感じ、すごくショックでした。
アメリカで受けたセラピーが人生の転機に
そんな時に、アメリカの雑誌で「アメリカにはカウンセラーという職業があり、仕事のストレスなどの相談をする」という記事を読みました。
当時通っていた英会話教室の先生を通じてアメリカのリトリート施設を知り、一人でアメリカへ。さまざまなセラピーを受けた結果、長年悩んでいた不調がたった1週間で軽減したのです。
私がこれまで不調に悩んでいたのは、単にストレスマネジメントができていなかったからだと気がつきました。生きていれば、ストレスの原因となることがたくさん起きます。でも、私たちは、その受け止め方を誰からも教わっていません。
当時の日本では、精神医療の薬だけで対応しようとしていました。セラピーという選択肢がある国と、それを知らない日本の差に衝撃を受けました。
アメリカと日本を行き来してカウンセラーとしての基礎を築く
カウンセラーの仕事は「社会と取っ組み合う」こと
当時の日本ではカウンセラーの知名度が非常に低く、目指すのに不安がありましたが、アメリカのカウンセラー仲間に「ゼロからの状態でも、30年かけて取り組めば何か残せるはず。むしろチャンスだよ」と励まされ、その道を志すことになりました。
とはいえ雇ってくれる場所はなかったため、フリーランスとして活動を開始。日本で働きながら勉強し、お金を貯めてアメリカに行き最先端のセラピーを学ぶといったことを繰り返していました。
そんな中、アメリカのカウンセラーたちが単に個人のケアだけでなく、社会問題に積極的に関わっている姿に大きく心を動かされました。
例えば、虐待を受けた子どもがケアを受けて帰宅しても、また虐待されてしまいます。虐待をしてしまう親こそが、実は問題を抱えているからです。そこで親にセラピーを受けるよう呼びかけますが、来てもらえません。次に学校に協力を依頼しますが「対応範囲外です」と断られてしまいます。そこでカウンセラーは議員に働きかけ、虐待をする親がセラピーを受けられる仕組みづくりにつなげ、社会を変えていったのです。
その他にも、アメリカのカウンセラーたちは、ホームレスの支援や性犯罪被害者のケアなど、さまざまな社会課題の解消に情熱を注いでいます。あるカウンセラーの「私たちの仕事は、社会と取っ組み合うことだ」という言葉に深く共感しましたし、今も私の活動の根底にはその言葉があり、後の被災者の心をケアする災害ボランティアやウクライナ避難民のサポートなどの取り組みにつながっています。
「カウンセリング販売」の研修が、全国で活動する基盤に
キャリアの大きな転機となったのは、ある化粧品メーカーの美容部員を対象とした研修です。お客様との対話を通して最適な提案をする「カウンセリング販売」を提唱。「ただものを売るのではなく、お客様と話すことに価値がある」「しっかり話を聞くことで売り上げが上がり、リピーターも増える」と伝えました。
今でこそ化粧品のカウンセリング販売は当たり前に行われていますが、当時は売りたい商品をおすすめする方法が一般的だったんです。
研修をした支店の売り上げが順調に伸び、全国の化粧品売り場に広がりました。さらに女性下着メーカーなど女性販売員が活躍する企業からのオファーが増え、日本全国で活動する基盤ができました。
誰もが安心してセラピーを受けられる社会をつくる
父の介護をきっかけに心理カウンセラーの育成に注力
父の介護と仕事の両立に悩んだのがきっかけで、心理カウンセラーの育成に取り組むようになりました。ノウハウやスキルを人に教え、チームで対応することで、介護と両立できる環境をつくれると考えたのです。
きっかけは介護ですが、心理カウンセラーの育成を通して、女性が働き続けられる環境づくりに貢献できています。女性のキャリアには、介護など家庭で何かがあると離職せざるを得ない、年齢を重ねても仕事上のステップアップが難しいといった課題があります。
しかし心理カウンセラーは、介護や子育てをしている人や難病を抱えている人など、会社勤めが難しい場合でも、続けられます。
さらに年齢を重ねてさまざまな経験をするほど、カウンセラーとしての価値が高まります。同じスキルレベルであっても、20代のカウンセラーよりも人生経験が豊富な人の方が、適切な助言ができることも少なくありません。事実、60代以上で資格の勉強を始め、今では第一線で働いている人もたくさんいます。
全国心理業連合会理事として認定資格を運営
今最も力を入れているのが、全国心理業連合会の2代目代表理事としての活動です。
全国心理業連合会は2010年に設立されました。その背景には、カウンセリングが一気に広まり、十分な知識・技術がないままカウンセラーを名乗る人がたくさんあらわれたことがあります。そこで心理カウンセラーや養成スクールの経営者たちが連携し、誰もが安心してケアを受けられる環境づくりを目指しています。
その目玉となるのが、統一認定資格である「プロフェッショナル心理カウンセラー」の制度構築です。
心理系の資格としては、臨床心理士や公認心理師がありますが、大学や大学院を修了する必要があり、学術的な意味合いも強い資格です。
それに対しプロフェッショナル心理カウンセラーは、心理学の基礎知識に加え、実践的なスキル、職業上の倫理観などが、一定基準をクリアしていることを客観的に示すための資格です。プロとして通用する実力の確かな証明となる資格を目指しており、学歴・年齢などの制限はないものの、高いレベルが求められます。
心理カウンセラーを目指す方へ
心理カウンセラーは人生を豊かにする仕事
心理カウンセラーは単にお金をもらえるだけではなく、人生に深みや豊かさが出る仕事だと思います。ライフステージに合わせて自分のペースで働け、年齢を重ねるほどに価値を高められる。こんな豊かな仕事は、なかなかないと思います。
また心理学は、科学的なアプローチで心そのものを考える学問です。人間が幸福に生きるうえで、心の在り方は切っても切り離せません。カウンセラーになるかならないかに関わらず、心というものを科学的に理解することは、どんな人にとっても価値のあることだと思います
「世の中の変化と向き合う」「スーパーバイザー」をつけるの2点が大切
心理カウンセラーとして長く活躍するためには、世の中の変化と向き合い続けることとスーパーバイザーをつけることの2点が大切です。
「社会と取っ組み合う」という言葉通り、カウンセリングは世の中と向き合わなければならない仕事です。世の中は変わり続けるので、その変化に合わせたカスタマイズをし続けなければ、あっという間に必要とされなくなってしまいます。
例えば、近年問題になっているSNS誹謗中傷に関する相談に対応できるよう、プロフェッショナル心理カウンセラーの資格取得にあたり、SNSカウンセリングのトレーニングを必須にしています。また、いじめ問題など子どもたちに関するケアにも注力しています。
スーパーバイザーをつけることは、カウンセラーの成長に欠かせません。表面的な知識だけで活動していると、あっという間に限界が来てしまいます。さらに科学的な裏付けのないスピリチュアルな方向に行くなど、キャリアを踏み外してしまう可能性もあります。
スーパーバイザーからフィードバックを受けることで、自分のスキルやキャリアを客観的に理解でき、ベストな選択ができると思います。
今後
2025年を「メンタルヘルス元年」と位置づけ啓発活動に注力
2025年を「日本におけるメンタルヘルス元年」と位置づけ、カフェでお茶を飲むような感覚で、より身近に心のケアが受けられる社会を目指しています。プロフェッショナル心理カウンセラーの周知や全国心理業連合会主催のイベント開催など、さまざまな場で啓発活動を展開する予定です。
現在は、AIの研究者と協力し、AIを活用したカウンセリングアプリの開発にも取り組んでいます。カウンセリングを受けるのはハードルが高いと思われがちですが、アプリのようないつでも気軽に相談できるツールがあれば、裾野が広がるのではと期待しています。
AIなどの科学技術の発展に伴い、社会は大きく変わりつつあります。しかし、人の幸福感の源は、心の豊かさや他者とのつながりです。心理学を通じて「人間らしく生きること」を理解する大切さは、ますます増していきます。
心理カウンセラーの資格を取ることが、ゴールではありません。勉強を通して得た知識や技術を社会活動に活かすことが、ゴールだと考えています。私自身も「社会と取っ組み合うこと」を大切に、活動していきたいです。